娘がうまれました
サッカーアジア杯日韓戦でPKの末、日本が熱戦を制したその夜だった。
深夜3時頃、サッカーを観ながらいつの間にか寝てしまっていた私に、「きたかも・・・」と妻が声をかけた。
一瞬事態が呑み込めなかったが、はっと目を覚ました。
予定日は2月1日。
今日は1月26日で、予定日の1週間前だ。
2人目の出産のため、予定より早く産まれる可能性はあるとは思っていたが、まさかこんなに早くとは・・・
妻は入院の荷物など用意周到に準備していたが、私は撮影用のビデオを充電していたくらいで、さすがにまだ来ないだろうと勝手に思っていた。
とはいえ、出産のタイミングは父親の都合では決まらない。
来るものは来た。
眠気まなこを開き、妻の様子をうかがう。
「10分おきくらいかも。」
と、いうことは・・・「陣痛」。もう病院に行ってもいいタイミングだ。
二人目は一人目よりも比較的早く産まれるため、痛みの感覚が定期的に10分くらいになったら電話をしなくても病院に来るようにと、病院の先生に事前に言われていた。
それでも、2年前の最初の出産では、同じような時間帯に痛みがきて、一度病院に行ったあと、結局陣痛が来ないでいったん帰ったという経験をした。実際に生まれたのはその2日後。しきりなおした後、さらに約40時間の陣痛を経てだった。
そんなこともあり、まだすぐには生まれないんじゃないかという気持ちがあった。
着替えながらそんなことを考えているうちに、妻の痛みのタイミングがちょっとずつ短くなってきた。
これはもう行かなければ。
2歳になったばかりの長男も異変に気づいたのだろう。一度目を覚まして泣いてしまったが、妻が痛みをこらえて再度寝かせつけた。長男を置いていくのは心苦しいが、一緒に住んでいる義父義母にお願いし、みてもらうことに。
3時40分頃、用意していた入院セットを持って、妻と一緒にタクシーで病院に向かった。
病院の受付に向かう途中も、周期的におそう痛みで妻の足が止まる。ぎゅっと握り合う手から、妻の痛みと小さないのちの誕生への意思が伝わってくる。
受付を済ますと、早速分娩室に通された。前回は分娩室の前に控え室のようなところでかなりの時間を過ごした。「あれ?もう分娩室?」と思いながら、もうほんとうにうまれるんだという実感がじわじわとわいてきた。
分娩室に入ったことを家族にメールし、ツイッターにも一言書いた。早朝4時という時間にもかかわらず、ツイッター上でも多数のコメントが届いた。
自分が思っている以上に、多くの人の支えと祈りがある。
出産はまさに壮絶な闘いであることは分かっていたが、周囲の人々の励ましは大きな力になり、支えになる。
妻にはその力を伝えようと手を握り、声をかける。
分娩室に入ると、痛みの間隔は5,6分になっていた。
男の自分にとって、陣痛の痛みがどんなものかは計りしれない。ただ、声と顔、手の握る強さから、その痛みが徐々に強くなっていることは分かる。
立ち会い2回目とはいえ、何もしてあげられることはなく、ただ側にいてあげるだけだ。やれることといえば、痛みがおさまっている間に水や食べ物をあげたり、汗をふいたり、マッサージをするくらいだ。
痛みの波を何度も繰り返しているうちに、1,2時間経過した。
毎回時刻を確認していたが、周期が3,4分くらいになってきた。
助産師さんが検診を行い、子宮口も7cmまで開いていると教えてくれた。
子宮口は10cm開けば、いよいよ出産準備オーケー、いきんでもいいタイミングだ。
7cmということは登山で言えば7合目、あともう少しだ。前回は1日以上かけてそのくらいだったのだが、今回は2,3時間でそこまでたどり着いた。想像以上のはやさだ。
きっと、長男のまあくんが2年前に開拓した道が、次の子の道標になっているのだろう。
とはいえ、助産師さんが言うには周期がまだ十分に縮まっていないそうだ。
それまで横になっていた体制から、体を起こし、座って陣痛を促進することに。
出産のとき以外は聞いたこともない妻の高く震える声が分娩室に響く。
私の手を握る強さも一段と増してきた。
そうこうしているうちに痛みの間が1,2分になった。
体制も再び横になり、助産師さんが慌ただしく「出産」の準備をはじめた。
「もう、いきんでもいいですか・・・?」
妻はもう痛みに我慢できないようで、力を振り絞って聞く。
「もう少し待とうね。深呼吸して。」
助産師さんがタイミングをはかる。
私も思わず一緒に息を大きく吐く。
「お腹の赤ちゃんをみて!」
痛みのあまり体が反れてしまう妻に助産師さんがアドバイスすると、「あかちゃん・・・あかちゃん・・・!」と言って妻がお腹をみつめて痛みにたえる。
「赤ちゃんも一緒にがんばってるよ!」「赤ちゃんにもうすぐであえるよ!」私も精一杯の声をかける。
その度に妻がうん、うんとうなずき、「あえる!あえる!」と力がはいる。
いよいよ赤ちゃんを受け止める準備ができた。
「少しずつ力をいれてみようか」
助産師さんから許可がでた。そして担当医の先生もきた。
遂にこのときが来た。
私もあわててビデオカメラを回す。出産のタイミングは絶対に逃せない瞬間だ。
左手で妻の手を握り、右手でビデオカメラを回す。どちらの手も汗でびっしょりだ。
ビデオカメラは渾身の力で新しい生命の誕生を促す妻の表情をとらえる。
産みの苦しみ。
そんな一言では表現し切れない、強くて美しい表情だ。
そして、
「頭が出てきましたよ!」
赤ちゃんの頭がついにひょっこりと現れる。
地上に初めて顔を出した小さくても大きい頭。
助産師さんに導かれ、妻がその頭を触る。
手の先で感じたその感覚は、生命が宿った熱い塊のような確固たる「私の赤ちゃん」だったに違いない。
「あかちゃん!あかちゃん!」
思わず叫んだ妻の目に涙があふれた。
同時に、赤ちゃんの全身全霊が妻の身体からあふれるように現れた。
産まれた!
赤ちゃんが生まれた!
パパとママの、おれと妻の二人の子だ。
10カ月までこの世になかったものが、いまこうして目の前に誕生したのだ。
顔も手も足もある。
目は閉じ、口がひくひくと動いている。
小さいけどしっかりとした泣き声。
そして、やっぱり女の子。
すべてが生きている。生きている生命そのものだ。
「ありがとう!」「ありがとう!」
生まれてきてくれてありがとう。こんなにかわいい子を産んでくれてありがとう。
妻に、赤ちゃんに心から捧げたい言葉。
そして素晴らしいいのちを与えてくれた神様に。
赤ちゃんは妻のお腹の上で抱かれ、心地良さそう。
新しい世界への不安と、それ以上に、愛の溢れる空間に生きる幸せをかみしめるかのように。
そして、誰よりも幸せなのが自分だ。
愛の溢れる空間に生き、愛してやまない人を持つことができる、幸せと感謝の気持ちでいっぱい。
だから、ありがとうと伝えたい。
すべての人に。
ありがとう。