自由への大いなる歩み―非暴力で闘った黒人たち (岩波新書 青版)
- 作者: M.L.キング,雪山慶正
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2002/06/12
- メディア: 新書
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米国公民権運動の象徴であるキング牧師の活動は、アラバマ州モントゴメリーという南部の1都市におけるバスボイコット運動から始まった。人権隔離法下でアフリカ系アメリカ人が受けてきたバス内における差別的で不当な扱いに対して、正義と尊厳のために非暴力によって抗議するという哲学のもと一致団結し、立ち上がった出来事だ。
キング牧師のこの非暴力抵抗主義の哲学は、イエス・キリストの愛の教えに加え、インドの独立運動を指導したガンジーから生まれてきたものだ。そこで、神学博士号を取得したばかりの地方の若い牧師が、いかにして世界の歴史を塗り替えてしまうような偉業を為しえたのか、その一端を探るために、彼の学びの軌跡を辿ってみたい。
彼は比較的ゆたかな家庭に育ったが、それでも、黒人に対するリンチや警察による野蛮な暴力、法廷での不平等な待遇を見て育った。神の下の平等を説く民主主義下のアメリカで、なんで同じ人間なのに肌の色の違いによってこんなにも異なる待遇を受けなければならないのか。そんな疑問をもったなか、大学時代に出会ったのが『森の生活』で有名なソローの『市民の不服従に関する論文』だ。それから神学大学院に進んだのち、神学、哲学、社会哲学を研究しながら、社会の不平等の問題に対する自らの考え方を整理し、深めていく。
思想的模索の段階にあった彼はある時期、社会問題を解決するにあたっての愛の力に絶望する。キリスト教道徳の欺瞞を糾弾するニーチェの思想と対峙しながら、キリストの教える「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」という愛の哲学が、個人対個人のときのみ有効で、人種や民族の対立においては現実的でないと感じていたのだ。
そんななか出会ったのがマハトマ・ガンジーだった。真理の力あるいは愛の力を意味する「サティアグラハ」を説き、非暴力的抵抗によるインド独立への実際的な闘いを展開した彼の哲学と生き様に魅せられ、社会改良の領域における愛の力をみとめるようになった。
キング牧師の歴史的なバスボイコット運動、そして非暴力による公民権運動は、まさにこのときの出会いから生まれたものだ。彼は、子どもの頃から胸に抱いていた「なんで世界には不平等があるのか?」、「どのようにすればそれを解決できるのか?」という疑問を問い続けてきたわけだ。そして、「汝の敵を愛せよ」と語り十字架についたキリストと、非暴力抵抗主義によってインド独立を導いたガンジーが交差する地点にそのこたえを見出す。彼は何度も立ちはだかる危機と迫害、困難に対して、この哲学を貫き通す。それが、仲間の心を動かし、理解者の心を動かし、やがて恩讐の心をも動かしたのだ
思想を読むという行為は、単に難解な知識を吸収するということではなく、その人間の人生、あるいは人間が歩んできた歴史に命を懸けて対峙し、闘うということだ。キング牧師の場合、自身の出自であり、所属するグループであり、分類される人種である“ニグロ”アフリカ系アメリカ人の辿ってきた歴史とこれからの未来を背負い、また別の歴史を背負ってきた各思想と対峙した。ここに私は、学びの哲学をみる。
私自身、いまこの文章をロンドンへと飛ぶ空の上で書いている。聖書の時代から今日にいたるまで、長年にわたり人が人として扱われないような過酷な差別の歴史を背負ってきたハンセン病に関わる差別撤廃の訴えを、各国の弁護士会が加盟する国際法曹協会と共同で行うためだ。
ハンセン病の問題は終わったと見られがちだが、今もなお世界には差別的な法律が残っている国もあり、多くの人が日常的な差別と偏見に苦しんでいる。キング牧師と多くの勇気ある市民たちがアメリカの地方都市モントゴメリーで、小さくとも大きな一歩を踏み出したように、たとえ世界の片隅であったとしても、また社会の慣行という蓑に隠れていたとしても、不義に対しては正義を、愛と尊厳をもって訴える必要がある。
インドは世界で最も多くのハンセン病患者を抱える国だが、インド独立の父ガンジーはハンセン病に対する関心も高く、ハンセン病問題の解決なくして真の独立はないとまで語っている。
私は少年期の頃に読んだマンガ世界の伝記と、大学時代に渉猟した書物、そして今まさに取り組んでいる事柄が段々とつながって立体的な姿となっていることを感じる。学びとは人生をかけて静かに闘い、そして愛することではないだろうか。
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