本山勝寛:まなブロ

独学で東大、ハーバード大学院に合格し、国際教育政策修士課程修了。アジア最大級の国際NGOである日本財団で、教育や福祉、NPO支援に携わり世界中を駆け回っています。日本と世界に「学びの革命」を起こすべく、学びのススメを綴ります。 『最強の独学術』https://www.amazon.co.jp/dp/447979610X/

父という病、そして父になること

(051)父という病 (ポプラ新書)

(051)父という病 (ポプラ新書)

今日は「父の日」ということで、父親について改めて考えてみたい。精神科医である岡田尊司氏の最近の著作『父という病』を、大変興味深く読んだ。ベストセラーとなった『母という病』のシリーズ作にあたる。

曰く、現代社会は、父親の影が薄くなり、その存在感が稀薄になっており、「父親なき社会」「ファザレス・ソサイエティ」とも呼ばれているという。近代工業化の進展によって、「一家を率いるチームリーダーだった父親は、大規模な工場や会社に吸い取られ、子どもの前からいなくなった。子どもの教育は、代わりに学校が担当することになり、父親はそれまで果たしていた役割を奪われた。黙って仕事に行き、給料をもってくればいい存在に成り下がったのだ」と。

しかし、「子どもの中にある父親への希求は、社会が変わったほどには変わっていないのかもしれない。不在の父親を求める気持ちは、むしろ激しい渇望と言えるほど強力で、その子の人生を背後から操っているとも言える。」「母親との関係が、子どもの存在の根底的な安定にかかわっているのに対して、父親との関係は、子どもがどちらに向かって歩んでいくのかという人生の方向性や社会への関与の仕方にかかわる部分が大きい。」と父親の役割の重要性について指摘している。私も、以前の記事河合隼雄の著作や天空の城ラピュタ父親像から、「父さんが残した熱い思い」の重要性について触れた。

では、人生の方向性や社会への関与の仕方を示してくれるような「よき父親」に恵まれなかった場合、どうしたらよいのか。離婚率が高まり母子家庭の割合が増えている。そうでなくても、残業や単身赴任で家に帰らない。「父親なき社会」で、理想の父親像と現実の父親に大きなギャップがあった場合、どうすればよいのか。岡田氏は以下のようにその処方箋を記している。

父親との小さな思い出、ちょっとしたかかわりを思い出してみることだ。父親があなたのためにしてくれたことを、父親があなたに言った言葉を、父親からあなたに注がれていた眼差しを。父親に関する客観的な事実やエピソードを集めて、その人生を再構成してみるのもよいだろう。父親も一人の人間で、あなたと同じように、孤独や辛さや苦しみを抱えながら生きていたはずだ。あなたと同じように愛を求め、思い通りにならない状況の中で、もがいていたはずだ。
あなたと同じ年のとき、父親は何をしていただろう。あなたと同じように、人生に悩んでいたかもしれない。あなたと同じように親との関係に苦しんでいたかもしれない。でも、あなたと同じように生きていたということは確かだ。父親も、何らあなたと変わらない存在なのだ。父親も愛されたいと思い、誰かに認められたいと思って生きていた一人の人間なのだ。(中略)
少しでも父親の中に共感できる部分や肯定できる部分を見出すことができれば、それだけ否定的な父親像の呪縛から自由になることができる。」

父親を一人の人間として寄り添って見つめ直し、もう一度、自分のなかの父親像を再構成することで、父子の関係を再構築するのだ。ひょっとしたら、孤独や苦しみ、悲しみを共感し共有できる唯一無二の存在であるのかもしれない。

常に否定され、愛を知らずに生きてきた人でさえも、父親に対する気持ちを持っている。悲惨な境遇で絶えず暴力にさらされながら大きくなった人でさえも、一方で否定的な父親像を抱え、それに激しく反発しつつも、同時に父親を求める気持ちは、どうしてそこまでというほど激しいものがある。暴力的にでどうしようもない父親であっても、子どもは父親を求めるのだ。父親に認められたいと願うのだ。」

父親を強く求める気持ちは、古今東西、人間として普遍的な気持ちだろう。それはひょっとすると、大人になっても変わらないのかもしれない。しかし、その人間の根底ともいえる「父子の関係」が疎かにされてはいないか。近代社会のなかで、教育や会社や社会サービスといったいかにも重要そうなものに吸い取られていないだろうか。

私は来月で四児の父親になる。父としてまだ6年生。未熟だが、毎日が戦争のような子どもたちとの日々を通して、「父として」成長させてもらっている。子どもと真剣に向き合うことで、初めて父親になれる。父の日に、「パパありがとう。大好きだよ。一緒に遊ぼうね。」という子どもたちのビデオレターをもらい、自分は子どもたちにとって絶対的に必要な父親という存在なんだということを改めて感じた。優しいだけでも厳しいだけでもなく、世の中のこと、世界のこと、人生のこと、夢を持って生きること、自分が大切にしていること、一つ一つを子どもたちに伝え、共有し、一緒に考え、楽しみ、味わっていきたい。そして、同じく、70を過ぎた我が父と共に。

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