まなブロ by 教育イノベーター本山勝寛

教育イノベーター本山勝寛の学びのススメ日誌。極貧家庭から独学・奨学金で東大、ハーバード大学院に通い、国際教育政策修士課程修了。日本財団子どもの貧困対策チームリーダー。『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』 『最強の独学術』等著書多数。

5千円札と1万円札に秘められた現代への処方箋

日本は明治維新から70年で敗戦を迎えた。そして今、敗戦後から70年が経とうとしている。神田昌典氏も『2022―これから10年、活躍できる人の条件』で、70年周期での社会変動を説いていたが、日本は大きく変わらなければならない時に立っていることを強く感じる。いや、第2次大戦後70年を迎える世界は大変動の時代へと突入している。

2022―これから10年、活躍できる人の条件 (PHPビジネス新書)

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世界を驚かせるほどの急速な近代化を成し遂げた明治維新や、戦後の復興を日本が実現することができた要因の一つが、教育水準の高さ、すなわち日本人の学びの姿勢にあったことは疑う余地がない。

世界銀行が1993年に発表したレポート『東アジアの奇跡』では、1960年代から80年代、急速に成長した東アジアの国々、特に日本とNIEs4カ国と呼ばれる韓国、台湾、香港、シンガポールを、高度成長と不平等の減少を同時に成功した国として取り上げ、その要因を分析している。その要因の一つとして挙げられたのが、初等中等教育の充実だ。これらの国々は今でも教育熱の高さで知られ、国際学力評価であるPISAの点数でも、全科目において上位常連国だ。ハーバードなど米国トップスクールへの留学生数が多いのもこれらの国々である。日本は、今でこそ教育において深刻な課題に直面しているが、もともとはこれらの中でも先立って教育を充実させ、経済成長を遂げたアジア最初の先進国であり、ロールモデルだった。ではその学びの姿勢はどこから来たものなのだろうか。

東アジアの奇跡―経済成長と政府の役割

東アジアの奇跡―経済成長と政府の役割

日本は、国家の形自体を変革した明治維新の時代、日本人である自分が何者であるかを自然と問わなければならず士農工商という身分制度が変更され、武士というアイデンティティを失い、あるいは身分という自己の位置を制限する決まりから解放された自分が何者であるかを突き詰めなければならなかった
 欧米列強から自国を守るために、とにかく西洋の学問を学ばなければならなかったが、それと同時に、日本人とは何であるのか、大きく変動する国家と世界の中にあって自分がどのように生きていくべきかを問いつめなければならなかった

1万円札でお馴染みの福沢諭吉の著書『学問のすすめ』はそんな時代の明治初期にベストセラーとなった。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という有名な言葉で始めながら、人間は本質的には平等な権利が与えられているが、人々の間で違いが生じているのはよく学ぶか否かにあると断言する。そして、学問を通して自己を確立することが西洋に対抗し国を発展させることの基礎になると説いている。この言説が日本人の心に響いた背景には、今にも日本が欧米列強に植民地化されるのではないかという強い危機感が国中を覆っていたことは言うまでもない。

福沢が学んだのは緒方洪庵適塾だが、そこでは西洋の学問を自立的に学び、各藩から集まった塾生たちが寝食を共にしながら、西洋の学問と日本の行く末を議論し合う環境があった。この適塾出身の人材と、福沢の学びの哲学―学問を通して自己を確立し、独立した個々によって国の独立をはかるという「独立自尊」の哲学―が日本の私学を引っ張ってきた慶應義塾大学となる。ちなみに、福沢は現在の大分県の中津藩出身で、私の出身郷土の偉人でもあり、個人的に強く意識している人物でもある。

学問のすすめ (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ1)

学問のすすめ (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ1)

私が明治の教育者としてもう一人重要な人物と考えているのが新渡戸稲造だ。1万円札の福沢に対して、新渡戸は旧5千円札のひとである。先述した敗戦後最初の東大総長で、立花隆が「戦後日本のファウンディングファーザー」と呼ぶ南原繁、そしてその次の東大総長となった矢内原忠雄、戦後初の文部大臣となった前田多門、同じく文部大臣を務めた田中耕太郎や天野貞祐、これらが皆一同に師と仰いでいるから驚きだ。彼らは、新渡戸が一高(旧制の東京大学教養学部)校長時代に、親友の内村鑑三と共に開いた私的勉強会の門下生たちだ。新渡戸も内村も、古今東西の宗教・哲学・学問と格闘し、「世界の中の日本と、日本人とは何か」を問い続けた。いわば、敗戦後日本における「学びの哲学」の骨格を築いたのが彼らであり、その礎となったのが新渡戸と内村だったのではないだろうか。私は、東大の使命を探求した東大学生時代、さらにはハーバード留学時代に日本の教育を外から見つめ直していたなかで、そのような考えに至った。

新渡戸は日本のみならず世界中でベストセラーとなった『武士道』を著したが、そのきっかけとなったのは、ベルギーの友人から受けた質問、「日本では宗教がないのにどのように国民の間で道徳教育がなされているのか」という問いだった。この質問に悩んだ挙句、行きついた答えが武士道だったわけだ。己を律する心、他人を慈しむ仁、親や師を尊ぶ忠孝。それらの道徳が神道仏教儒教の教え、哲学とともに日本人の生活文化の中に浸透しており、西洋におけるキリスト教と比較しても道徳哲学としては遜色がないと説いた。決してそれは偏狭な自国中心主義ではなく、キリスト教や西洋思想とも通ずる普遍的なものでもあると説いたからこそ、西欧の指導者たちにも感銘を与えるものとなった。

武士道 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ2)

武士道 (いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ2)

物凄い勢いで西洋の学問、制度、技術を学び、近代国家を創り上げた日本人の精神的土台は、新渡戸が説くこの武士道にあったのかもしれない。さらには、新渡戸が重要視したその哲学は、戦後日本における教育の中枢を担った彼の弟子たちが実践した学びの哲学として、敗戦後復興を導く一つの要因になったのではないだろうか。

翻って今日の日本で、武士道はほぼ死んだに等しい。敗戦後の灰のなかで、「生か死か。永遠の屈辱か、それとも自由独立の回復か」と叫んだ南原繁のような精神も忘れ去られている。宗教は、弱い人間がすがるものといったうすっぺらな宗教アレルギー教が蔓延している。
「日本では宗教がないのにどのように国民の間で道徳が成立するのか?」
道徳のもつ力とは単に社会の規範秩序が成立することのみにとどまらない。成長や発展を促進するドライブとなる力であり、マックス・ウェバーがいう「資本主義の精神」になりうるのである。
100年前、日本人に投げかけられたこの問いに、今だったらどう答えられるのだろうか?

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