まなブロ by 本山勝寛 教育イノベーター・日本財団子どもの貧困対策チームリーダー

教育イノベーター本山勝寛の学びのススメ日誌。極貧家庭から独学・奨学金で東大、ハーバード大学院に通い、国際教育政策修士課程修了。日本財団子どもの貧困対策チームリーダー。『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』 『最強の独学術』等著書多数。

「なぜ勉強したいのに、できないの?」〜アフリカの子どもたちからの学び

エチオピアの首都アジスアベバから車で2時間ほど。小さな地方の町アンボに着いた。温泉で有名な場所で、この土地の人たちは湧き水を使ったプールを楽しむという。同名のブランドの炭酸水もこの国ではよく飲まれている。口の中で軽く弾ける炭酸の感触が、この土地の空気と食べ物によく合う。

その町の中心街から少し人里離れた場所に、ソトリという村がある。村の入り口に入るとまず目に見えたのが無数のお墓だった。なんとなく違和感を覚える風景だ。この村は、ハンセン病の患者、回復者の方々が移り住んでできた場所だ。


(写真:村の入り口にたくさんあったお墓)

以前「らい」と呼ばれていたハンセン病は、罹患すると皮膚の感覚がなくなり、やがて手足や顔が崩れ落ちたりするうえ、原因不明で不知の病であったため、人々から天刑病や業病として恐れられていた。古くは旧約聖書の時代から差別や隔離の対象とされ、インドや中国、日本でも、古い文献にそのような記述が残っている。そして、ごく最近まで強制隔離の対象とされ、本人の意思とは無関係に家族から引き離され、名前を変えさせられ、子どもを産むことすら許されてこなかった。日本で、そのような扱いの根拠となったらい予防法が廃止されたのは1996年のことだ。

現在では完全に治る病気となり、感染力が非常に弱いことも分かっているが、かつてのイメージがそのまま残り、一度ハンセン病にかかるとたとえ治っても差別と偏見はなくならず、多くの人が苦しんでいるのが実状だ。

地球の裏側にあるソトリ村でも同じような状況がある。この村に住む百名弱の住人はハンセン病に罹ったことのある人かその家族だ。この病気にかかったことで、産まれ住んできたコミュニティから追い出され、何もなかったこの地にたどり着いた。村の長老が初めてここに住むようになったのが28年前、1985年のこと。(先日アップした昔の家族写真と同じ年。そのとき家族から引き離されたのが私だったら・・・)そこから他の人々も同様にコミュニティから追い出され、ここに集まり住むようになった。昔の話ではない。有効な治療薬が開発され、入手しやすくなってからのことである。

やがてエチオピア正教会や政府が最低限の支援や医療ケアを行うようになったが、それとて十分ではない。住人のほとんどが物乞いによって生きていくしかない生活を余儀なくされている。

近年、エチオピア全国の彼らと同じ境遇にある人々が力を合わせるようになり、少額融資や教育支援などを通して、仕事をしたり、尊厳ある生活をできるよう少しずつ事業を開始している。私が訪れたときも、村の女性が融資を受けて造った家で賃貸業をしていると誇らしげに見せてくれた。大変な状況は残っているが、少しずつ変化の兆しが見える。


(写真:賃貸している家をみせてくれた)

村の代表から話を聞いていると、子どもたちが段々とたくさん集まってきた。にっこりと笑い、声をかけると、彼らも嬉しそうに返してくる。現地の言葉で話しは通じないが、子どもの笑顔は全世界共通の言語だ。やがて、子どもたちは私の手を握り始め、しまいには「僕も!私も!」と片手に5人ずつ、計10人くらいに手を握られ大人気になってしまった。村人の話を聞いている間、ずっとそうやって手を握ってくっついていた。

どこの誰かも分からない遠い国の外国人に、こんなにもなついてくる。この子たちは遠い地球の裏側に住む、人種も、話す言葉も、置かれた境遇も全く違う自分にとって関係のなかった人だけど、こうして手を握り合っていると、まるで自分の子どもや弟妹のように思えてくる。彼らもそのように感じて、手を握ってきたのかもしれない。いや、彼らが私にそのことを教えてくれたのだ。


(写真:どことなく甥っ子、姪っ子や息子に似ているようにもみえてくる)

そんな彼らのなかで学校に行けるものは少ない。かつては差別のため通えなかったし、今も経済的な貧しさから学校に通わせられない家庭が多い。親だけでなく、子どもたち自身が物乞いをしているのだ。それが、屈託のない笑顔の影にある現実だ。

もし自分がこの子たちと同じ境遇だったら、もしこの子たちが自分の子どもだったら、弟妹だったら、どのように感じるだろうか。「勉強したい」「学びたい」と思っても勉強できない境遇だったら。

世界には小学校にすら通えない子どもがたくさんいる。ましてや中学、高校、そして大学なんてなおさらだ。
彼らの疑問は、「なんで勉強しなきゃいけないの?」ではない。
「なんで勉強したいのに、できないの?」だ。

整えられた施設と教師、教材がそろった環境で勉強できることは、当たり前のことではない。学びたい、知りたい、成長したい、発展したいと願ってきた人類が命懸けで努力して勝ち取ってきたものだ。そして、その闘いは今もまだ途上にある。にもかかわらず、整えられた環境、モノも刺激も飽和した社会のなかで、かつての学びへの情熱を失っている。勉強が義務になり、やりたくないことになっている。

私たちは学びへの情熱を取り戻さなければならない。疎外された好奇心と探求欲を解放しなければならない。

臆面もなく無邪気に手を握ってきた子どもたちは、大学では学べない大切なことを教えてくれる。そして、その子どもたちが、学びたいと思ったときに思う存分に学ぶことができる世界を創っていかなければならない。

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