本山勝寛:まなブロ

独学で東大、ハーバード大学院に合格し、国際教育政策修士課程修了。アジア最大級の国際NGOである日本財団で、教育や福祉、NPO支援に携わり世界中を駆け回っています。日本と世界に「学びの革命」を起こすべく、学びのススメを綴ります。 『最強の独学術』https://www.amazon.co.jp/dp/447979610X/

3回目の育休を終えて

第四子の誕生と同時に突入した3回目の育児休業。約50日間続いた育休期間も終わり、職場に戻った。制度と職場の同僚たちの協力によって得られた貴重な機会でもあるので、この期間のことを振り返っておきたい。

まず、職場における育休取得の申し出と業務調整について。今回、私は育休取得が3回目であること、私が職場で初めて男性として育休を取った後に、別の同僚も取得したことがあったこともあり、雰囲気としては比較的取りやすい環境にあった。とはいえ業務多忙であることは確かなので、なるべく早めに育休取得の希望を申し出て、業務の共有や後輩の育成、後任への引き継ぎを可能な限り行った。また、出産1ヶ月前にビッグイベントをいくつか抱えていたので、それらをしっかりと済ませたうえで育休に入ろうという計画を立てた。

出産直前になって、想定外にも異動となったが、異動先の上司にもすぐに育休取得の希望を申し出て、その期間の人員配置の措置を取っていただいた。この対応には大変助かった。男女にかかわらず、育児休業を取りやすい職場環境にするためには、何よりも人員配置をしっかりとすることだ。もちろん、短期間の場合難しいこともあるし、すべての業務と責任をカバーできるわけではない。とはいえ、出産時期や育休期間はあらかじめ分かっていることなので、可能なかぎり人員体制を整えることが、周囲の同僚にも負担が減り、本人も取得しやすい環境となる。ファザーリングジャパンは、子育てに理解のある管理職を「イクボス」と称して、理解の浸透をはかっている、まさに重要なポイントといえよう。

今回、出産日がちょうど上の子たちの夏休みの期間に重なったため、夏休み中の上の子たちの面倒をみることが自分の主な役割となった。小1の6歳、幼稚園の4歳、未就園の2歳を主に私がみて、生まれたての赤ん坊を主に妻がみるという役割分担だった。初めて育休を取得した第二子出産のときも、当時2歳だった上の子を遊ばせることが任務だったが、今回は年齢の異なる3人を同時に満足させなければならないということで、これまで以上にハードだった。虫好きな6歳の長男のために公園で自由研究の虫探しをしながら、2歳の次女を抱っこして、4歳の長女が泣いてわがままするのをなだめるといったことを、炎天下のなか毎日繰り返した。これと同じことを、出産直後で産褥期の母親が、新生児を連れてやるのは絶対無理だ。たとえ1ヶ月ちょっとでも、この期間に育休取得できたことに心から感謝したい。

また、子どもたちと一緒にじっくりと時間を過ごせたことが、何よりも家族の宝となった。6歳の長男は今年小学校に入り、ようやく学校に慣れてきたくらい。夏には学校でプールが始まったけど、どうしても泳げなくて、プールに行くのを泣きながら嫌がっていた。そこで、区民プール施設に親子で頻繁に通い、もぐる練習、水中で目を開ける練習、浮く練習、けのび、バタ足と一つずつ練習を重ねた。大人の立場からすれば、「こんな簡単なことがなんでできないんだ」と思ってしまいがちだが、子どもにとってはどれも初めての未知のこと。不安と恐怖で足が動かなくもなる。一つ一つ挑戦してみるだけで、とても勇気がいることだ。子どもを信じて、励まして、見守り、成長を待つ、その過程を共有できたことは、親として貴重な経験だった。お金を出してスイミングプールに通わせ、子育てを「アウトソーシング」すれば、いつの間にかできるようになることかもしれないが、親子で時間をかけて挑戦し、成長できたことが、何事にも代えられない経験だったように思う。

私は、仕事を通して社会を少しでもよくしたい、よりよき世界をつくりたい、そういう夢を抱いて生きている。でも、それと同時に、家族を幸せにし、目の前の愛する人たちを大切にしていきたい。妻を幸せにし、子どもたちに元気で立派に育ってほしい。自分の家族や周りの人々を幸せにすることが、真の意味でより幸せな世界をつくることなのだと思う。子育てと仕事はいつも二律背反なところがあり、どっちを優先すべきか悩むことばかりだ。それでも一回限りの人生であり、子どもたちが親を必要とし、求めてくれる期間は思った以上に短い。そして、子どもが親を求める気持ちは強烈だ。その子どもの気持ちを、少しでも受けとめられる父親でありたい。

何のために生まれて、何をして生きるのか。

2歳の次女がアンパンマンにはまったので、我が家では第三次アンパンマンブームが起きている。「何のために生まれて、何をして生きるのか」「何が君の幸せ、何をして喜ぶ」と繰り返される歌詞にはっとさせられる。本当に大切なものはなにか。心に問いながら、あっちこっちで響く泣き声に対応し、子育てという答えのない仕事に挑む。

50日の育休期間はあっという間だったが、この期間の経験と思い出を大切にしていきたい。そして、支えてくれた家族や職場の同僚たちに感謝したい。育休は終わったが、4人の子どもたちを育て上げるのは、まだまだ始まったばかりだ。父親6年生、まだまだ挑戦していきたい。

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