本山勝寛 4kizフォーキッズ代表 公式ブログ | Katsuhiro Motoyama's Official Blog

教育イノベーター本山勝寛の学びのススメ日誌。極貧家庭から独学・奨学金で東大、ハーバード大学院に通い、国際教育政策修士課程修了。日本財団で教育、国際支援、子ども支援事業に携わり、EdTechスタートアップを起業。 子供向けSNSフォーキッズを立ち上げる。『好奇心を伸ばす子育て』『最強の独学術』等著書多数。6児父4回育休。

「ハーバードとグーグルが教えてくれたこと」よりも重要なこと

近頃、書店に行くとハーバード関連本のようなコーナーがあって多数の著書が置かれているのを見かけることがある。最近、その中の一作品でもある石角友愛さんの著書『ハーバードとグーグルが教えてくれた人生を変える35のルール』を読んで思うところがあったので、本の感想とエリート教育について少しだけ考えたい。

私がこの本を手に取ったのは、著者エージェントが同じであるというご縁を通してだが、読みながら驚いたというか、とても興味を持ったのが、石角さんの親子関係。著書自体には何も触れていないので、最初は気づかなかったが、父親が石角莞爾さんという国際弁護士の方でユダヤ教に改宗され、ユダヤ関連の著作も多数書かれている。私がこの方の本で強い影響を受けたのは『アメリカのスーパーエリート教育』。

アメリカの全寮制中高であるボーディングスクールの事例を中心に、多数のリーダーを輩出してきたエリート教育の内容が紹介されている。私はこの本を10年ほど前に大学時代に読んで、日米の中等エリート教育の差に衝撃を覚えた記憶がある。日本にもボーディングスクールのような学校を創りたいと思ったのが、ハーバード教育大学院で学ぼうと思ったきっかけでもある。

この石角莞爾さんの娘さんが石角友愛さんであることを知って、ハーバードMBAやグーグルに入る前に、高校から単身で米ボーディングスクールに留学したこと、その後リベラルアーツカレッジの名門であるオキシデンタル・カレッジで学んだことに合点がいった。「ハーバードとグーグルが教えてくれた」ことももちろん大きいが、それと同じくらいご両親から受けた影響が少なくないのではと感じた。実際、ビジネススクール在学中での結婚をご両親に相談したとき、父親である莞爾さんが旧約聖書の言葉を引用して「人生にはすべてタイミングがある」と言って後押ししたという下りがある。これはおそらく、伝道の書第三章の以下の句のことだと推測する。

3:1天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
3:2生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3:3殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
3:4泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
3:5石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
3:6捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、
3:7裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、
3:8愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
3:9働く者はその労することにより、なんの益を得るか。
3:10わたしは神が人の子らに与えて、ほねおらせられる仕事を見た。
3:11神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。
3:12わたしは知っている。人にはその生きながらえている間、楽しく愉快に過ごすよりほかに良い事はない。
3:13またすべての人が食い飲みし、そのすべての労苦によって楽しみを得ることは神の賜物である。
3:14わたしは知っている。すべて神がなさる事は永遠に変ることがなく、これに加えることも、これから取ることもできない。神がこのようにされるのは、人々が神の前に恐れをもつようになるためである。
3:15今あるものは、すでにあったものである。後にあるものも、すでにあったものである。神は追いやられたものを尋ね求められる。

ユダヤキリスト教であれ、儒教的教養であれ、「天の時」という発想を持てることは人生の様々な道を切り拓くうえで大きな力になり得ると思う。エリート教育というと、学校や大学教育にのみ関心がいく場合が多いが、貧困/裕福という階層的要因以外にも、家庭教育での影響は無視できないのではないか。確固たる世界観、人生観、歴史観をもつユダヤ人家庭が、グーグルやフェイスブックの創業者の例を挙げるまでもなく、各界に多数の特異なリーダー、イノベーターを輩出していることは有名だ。旧約聖書出エジプトからディアスポラアウシュビッツイスラエル建国と、四千年以上の歴史を自らのアイデンティティに自然にたたみこんでしまう生き方と、学歴と出世のための勉強という陳腐な価値観でしか世界をみれない生き方では歴然とした差が生じるのではないだろうか。

石角さんの著書自体の趣旨とはだいぶ外れているだろうが、親子の著作をセットで読んだときに、出版界の商業主義とは少し離れたところに、その本質が垣間見られるような気がするのである。