まなブロ by 教育イノベーター本山勝寛

教育イノベーター本山勝寛の学びのススメ日誌。極貧家庭から独学・奨学金で東大、ハーバード大学院に通い、国際教育政策修士課程修了。日本財団子どもの貧困対策チームリーダー。『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』 『最強の独学術』等著書多数。

紀元節と日本史上最高のスピーチ

昨日2月11日は建国記念の日の祝日だった。巷では、右翼が街宣車で何やら叫んでいてうるさいなあ、というくらいの感想以外は何も思わなかったのが多くの日本人の過ごし方ではなかっただろうか。

この日は戦前まで紀元節と言われ、日本書紀神武天皇が即位した日とされる。明治に入り1873年、祝日として定められた。戦後、20年ほど祝日から外された後、「建国記念の日」として復活した。すなわち、歴史を振り返ってみると、明治の建国である紀元節から70年で敗戦を迎え、敗戦後復興の紀元節からさらに70年を経たのが今の日本であることになる。

私の場合、建国記念日紀元節の休日、本屋に寄ってみると、偶然にもある本とある歴史的スピーチに出会ったので、ここに紹介したい。その本とは天皇と東大』。著名ジャーナリスト立花隆による大作だ。

天皇と東大〈4〉大日本帝国の死と再生 (文春文庫)

天皇と東大〈4〉大日本帝国の死と再生 (文春文庫)

私がこの本を初めて読んだのは、まさに東京大学の学生時代。東大の使命とは何かを考え、東大史に深く関心のあった時期だ。立花隆の作品は他にもいくつか読んでいたが、天皇と東大という二つの軸で日本の近現代史を紐解いたこの作品には、非常にうならせられた記憶がある。当時は上下2巻の単行本だったその本が、今度は全4巻の文庫本になって最近発刊されていたのを本屋で偶然にも発見し、思わず買ってしまったわけだ。

この第IV巻(最終巻)を開くと、最後のほうに「南原繁総長と昭和天皇退位論」という章がある。そして、南原繁の歴史的演説」「戦後初の紀元節式典」という小見出しが並ぶ。

南原繁は戦後、東大法学部長から初の東大総長になった人物だ。敗戦後、日本国民の上から下まで誰もが茫然自失としているなか、敗戦後日本の行くべき道を力強く説いたのが、立花隆曰く、この南原だ。
南原は敗戦2週間後、大学新聞に「戦後に於ける大学の使命―復員学徒に告ぐ」という以下の文章を書いている。

「昭和二十年八月十五日…それはわが国がいまだかつて知らなかった完全な敗北と無条件降伏の日であった。
 我々は先ずこの現実を直視し、いたずらに神秘の覆いをもって包み隠すことなく、率直に事実を事実として承認しようではないか。…然らば日本をして廃墟の中から復興せしめるものは何か。本来いつの時代にも然あるべきはずであるが、今や領土が局限せられ、軍備は撤廃せられ、産業また著しく制約を蒙らんとする我が国にとって、特に学問と教育のほかにないことは、自明の理である。その場合、なかんずく、国家最高の学府として大学の意義と使命の重大なるかくの如きはないであろう。…
 軍人が剣を捨てたとき、我ら学徒の真の戦いが開始されるのである。
 青年よ。学徒よ。希望を持て。理想を見失うな。かような苦難の時代に戦い生きた祖先はいまだかつてなかったと同時に、かような栄光ある任務が課された時代もまたかつてないのである。…国を興すものは、究極において真理と正義であることを固く信じて疑わなかったはずである。…」

この文章は敗戦後、希望を失った日本国民の間で、人の手から人の手へと次々に渡され、人々の心に大きな影響を与えた。そして、東大総長就任後、南原が公に話す言葉が、新聞各紙一面の大見出しで報じられたという。その中でも最も有名なのが、敗戦後初めて迎えた紀元節2月11日に、安田講堂(東大の象徴である大講堂)で行われた祈念式典講演『新日本文化の創造』だ。

この日は、天皇陛下自らが現人神であるという戦時中の通年を否定し、「人間宣言」を発表した直後のことである。南原はこの人間宣言を「日本の宗教改革と評した。つまり、日本をあの戦争に追い込んだ最大の原因は、日本人全体が精神的に独立した存在になっていなかったことにある。したがって、今まず何よりも先になすべきことは、日本人一人一人が精神的に独立した人間になることだ。ヨーロッパの歴史において、人間をそのように精神的に自立した存在にさせたのは、ルネサンス宗教改革だった。ところが、近代日本にはそれに匹敵するものがなかった。敗戦日本を建て直すために、日本にも今こそその二つが必要だが、天皇人間宣言は、そのうちの宗教改革の一つになる。

 日本民族というものの、ある一つの天的な使命の意識、民族の永遠性についての信念というか、むしろ国民の個性というべきものを失ってはならぬ。個性を失った民族は滅亡する。…
 今こそ、日本人はルネッサンス、さらに進んで宗教改革を行うべき時にいたっている。すなわち狭い意味の民族主義ではなく、世界的な普遍性の基盤にたつ新しい日本の建設、国民は国民たると同時に世界市民として自らを形成する、その紀元元年として今日から出発すべきではないか。
 新日本文化の創造と道義国家日本の建設を通じて、日本は人類文化と平和に寄与していくことができる。そこに我が民族の復活と新生がある。そこまでたどりついたときに、わが民族は過誤を犯したとはいえ、その名誉を世界の前に回復することができる。我々はこの民族のなかに生まれ来るを喜び、この民族を限りなく愛することができるようになる。…
 もし我々をしてなお茫然自失、虚脱の状態にとどまるならば、われらを待つものは奴隷の不幸と、ついに民族の滅亡である。これに反して、もし諸君にして覚醒し、希望と自信をもって立ち向かうならば、諸君の世代において世界の前に恥じなき国民が起こり来るのを目撃し得るであろう。
 生か死か。永遠の屈辱か、それとも自由独立の回復か。我々は現在その劈頭に立っている。そして、そのいずれを選ぶかは諸君自身の自由の決定にゆだねられているのである。


このような内容のスピーチを行った。新聞各紙がこの演説を大きく報道し、反響を呼んだことは先に書いたとおりだ。立花隆はこのスピーチをして、ナポレオン軍との敗戦後にドイツ国民に民族の誇りをかけて国の再興を呼びかけたフィヒテの『ドイツ国民に告ぐ』と同じような効果を日本人にもたらしたと高く評している。
私も日本歴史上、最高のスピーチなのではと感じる。

大学の使命は究極において真理と正義を追究することであり、国の未来を興すことである。そして、「なぜ学ぶのか」という究極的目的もそこにあるのではないだろうか。
日本民族の復活と新生は未完のままである。その日からいま70年が経とうとしている。「生か死か。永遠の屈辱か、それとも自由独立の回復か。我々は現在その劈頭に立っている。」私には、その現在がいまのようである、そんな気がしてならない。

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