まなブロ by 本山勝寛 教育イノベーター・日本財団子どもの貧困対策チームリーダー

教育イノベーター本山勝寛の学びのススメ日誌。極貧家庭から独学・奨学金で東大、ハーバード大学院に通い、国際教育政策修士課程修了。日本財団子どもの貧困対策チームリーダー。『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』 『最強の独学術』等著書多数。

いかにして世界の魂を揺さぶったのか?〜シュバイツアーの学びの哲学(2)

前回からの続き)

シュバイツアーは牧師の子として生まれた。幼少期から教会での荘厳な雰囲気が好きで、父親の説教を楽しみにしていたようだ。同じ頃、ピアノとパイプオルガンを習い、その才能は後にプロとしても成り立つくらいの腕前だった。大学時代は父親の影響もあり、神学と哲学を研究した。そして、21歳である決意をなす

彼は幼少期から両親の慈愛に恵まれ、経済的にも苦労することなく暮らしてきたが、自己の幸福を自明のものとして受け止めることに疑問をもつようになる。

「世の中には不幸な人たちがいるのに、自分だけ幸せでもいいのだろうか」と。

そんな折、「自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである」というイエスの言葉に心揺さぶられる。そして、「学問と芸術を通してではなく、直接的に苦しむ人々に奉仕すべきだ」という考えを持つ。さらに、イエスが30歳まで大工をし、それから伝道に出たことから、「30歳まで学問と芸術に生き、それからあとは直接奉仕する道を進もう」と決意する。この頃は決意がまず先にあり、その道が何かという具体的な計画はまだなかった。

その後、実際に彼は30歳まで学問を究め、神学の著作を書きながら牧師と大学講師の職に就く。彼にとっては、純粋に学びたいものを学び、研究したいことを研究していた時期だ。そして予定していた30歳の時が近づく。

30歳を前にした数ヶ月前、机の上に置いてあった緑のパンフレットが目に付く。それはパリの伝道協会の報告書で、コンゴの宣教師に欠乏せるものという表題のもと彼の地での悲惨な状況が記されていた。そして、「人々よ、教会は求めている。主の目配せにしたがってただちに、主よ、わたしがまいります、と答える人を」と書かれていた。これを読んで、彼はアフリカで医療奉仕することを決意したのだ。

世界で最も有名な医師になるシュバイツアーが、実際に医学を勉強し始めたのはこれからのことである。もともと医者で、その技術をアフリカのために活用したのではない。もともと人々に直接奉仕する道を行こうと考え、その道を30歳になって初めて決めたのだ。それから医科の過程を修了するのが36歳、医学学位を取得し、コンゴで医療活動を始めるのが38歳。その間、8年も費やしている。神学者としてあるいは音楽家として十分に地位と名声を得ていたし、当然、周囲からは反対と嘲笑を受けていたにも関わらずだ。

私たちが「なんで勉強しなければならないのか」、「なぜ人は学ぶのか」という学びの哲学を考えるとき、シュバイツアーがなぜ30歳を超えたのちにこれまで全く勉強してこなかった医学を勉強したのかを考えることは、大きなヒントになる。それは地位のためでも、お金のためでも、自分だけの幸福のためでもなかった。

彼の生涯の哲学「生命への畏敬」を着想した瞬間についても触れておきたい。アフリカの地へ医療奉仕に赴いてから3年目、ちょうど人類未曾有の戦争である第一次世界大戦真っ最中のときだ。彼は荒れ狂う戦争を目の当たりにして、人々が知識や能力だけを重視して、倫理的理想を失ってしまったことに悩む。まさに人類史上最大の危機の時代だ。そんな折、彼の地で川を下っていた3日目、甲板に座って思索に耽り、カバの群れの間を進んでいたとき、突然、「生命への畏敬」という言葉が頭にひらめいたという。


(写真:エチオピア国立博物館に展示されていたカバの絵)

「生命への畏敬」とは、生命をおそれ、敬うことであり、したがって善とは生命を保持し、促進することであり、発展する生命をその最高の価値までもたらすことだ。

一見、当たり前のようにも聞こえるが、そのことを真剣に考え、そしてその如くに生きようとまさに“命をかけて”実践している人がどのくらいいるだろうか。まさに「わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである」という言葉の如く。時は、第一次大戦ヒトラーによるファシズムの嵐、そして第二次世界大戦へと続く時代だ。彼の生き様が第二次大戦後になって注目され、ノーベル平和賞を受賞するまでに至ったのも、それだけ人類が「生命への畏敬」を失っていたからにほかならない。

シュバイツアーは30歳以降の医療奉仕中も、神学や文化哲学の思索を続けている。それは、自分がなぜ医学を学び、なぜアフリカで医療を実践しているのか、常に問い続けてきたからだろう。その問いが「生命への畏敬」となり、世界中の人々の心を揺さぶる生きた哲学となった。

コンゴにあるWHOのアフリカ地域事務所で働いている日本人医師と現地で話をしたとき、なぜこの仕事をするようになったのかと聞いてみたことがある。その医師は真っ先に「シュバイツアー」だと答えていた。100歳を超えた日本で一番有名な医師、聖路加病院理事長の日野原重明先生もシュバイツアーに憧れて医者になったと語っていた。シュバイツアーの精神は今も生きている。

「生命への畏敬」―それは度重なる問いと、そして旅から生まれている。

日々の労働から一歩離れた移動時間という時に、3日間川の流れに身を任せていたなか、カバの群れという生命そのもののエネルギーに触れたとき、化学反応が起きた。

実は私にも、3日間川を小さな船で移動した経験がある。大学時代、南米パラグアイへボランティア旅行に行ったときだ。行けども行けども湿地帯の同じ風景、やることも尽きたので、日差しを浴びながらゲーテの『ファウスト』を読んで思索に耽った。残念ながら、そのときに偉大な哲学は生まれなかったが、このときの経験は、世界で社会貢献活動を行うという今の仕事へと私を導く重要なターニングポイントとなった。

「三上」の一つ「馬上」である旅の移動時間、「なぜわたしは学ぶのか?」、自分自身に問うてみてはいかがだろう。大きな発見が待っているかもしれない。

蛇足になるが、2歳の娘がいま最も好きなのがカバだ。ウンチをブリブリと撒き散らす「まき糞」の様子をみて、「ウンチビービー!」と言っては大興奮している。そんな娘の目を借りて、シュバイツアーが原生林の川で出会ったカバの群れを想像すると、その生命力の爆発した様が目に浮かぶ。今までの自分には見えなかった世界だ。


娘が好きなカバがまき糞しているクイズブックのページ

生命への畏敬。

シュバイツアーと2歳の娘は同じ瞳を持っていたのかもしれない。

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