まなブロ by 教育イノベーター本山勝寛

教育イノベーター本山勝寛の学びのススメ日誌。極貧家庭から独学・奨学金で東大、ハーバード大学院に通い、国際教育政策修士課程修了。日本財団子どもの貧困対策チームリーダー。『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』 『最強の独学術』等著書多数。

家族から見捨てられ…インドの友人のスピーチ

今回の出張先のイギリスには、人生で初めてパスポートをつくり、人生で初めて海外に出ることになったインドの友人が来ています。各種証明書をそろえにくい立場にある彼にとって、パスポートをつくり、英国ビザを取得するだけで、一大イベントのように大変だった、ということを聞いています。そして昨日、ロンドンの由緒ある法律家協会のメイン会議室で、世界の弁護士たちが加盟する法曹界の頂点、国際法曹協会の幹部ら200名が列席するなか、自身の体験を語りました。

私の仕事はその舞台を用意することでしたが、この仕事をしていて良かったと思えた瞬間でした。そのスピーチ文を翻訳したので、ぜひ読んでみてください。

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私は、インド南部カルナタカ州の田舎の村で、貧しい家庭に生まれました。10歳の頃、パッチが私の体に現れましたが、両親は知識がなかったためそれが何を意味するものか分からず、放っておきました。私はまた、これらのパッチの部分に、たとえピンで刺したとしても感覚がないことに気づきました。

しかし、診断の後、地元の公立病院は、私がハンセン病に罹っていることを明らかにしました。それは私の家族にとっても、コミュニティにとっても、深刻な危機として襲い掛かりました。村の長老たちは、私が村に残ることができないと宣言しました。私の家族は、私を村から追い出すように命じられました。私は正式にアウトカーストとなったのです。

父はアンドラ・プラデーシュ州のハンセン病病院に私を連れて行き、そして私を一人置いていきました。その場所は私にとって完全に知らない土地でした。誰も私に会いに来ませんでした。私は治療中の2年間、完全に孤独でした。治療の過程で、指を失いました。退院した後、私は家に帰りました。しかし、家族は私を迎え入れませんでした。

これは、私にとっての真実の瞬間でした。家族によって拒絶され、私は、ハンセン病に苦しんだ他の人々こそが私の本当の家族となることに気づきました。私はシヴァナンダ・リハビリテーションホームにたどり着きました。私の人生はその後、改善されていきました。私はそのホームで教育を受け、医療助手としての訓練を受けました。治療のために同じホームに来たニルマラに出会い、結婚しました。以降、妻と2人の娘は、私のハンセン病回復者の権利のための仕事において大きなサポートとインスピレーションを与えてくれています。

ご列席の皆様 - 差別には様々な形式があります。私にとってそれは、自分の家と、友人や村の長老の顔に表れた嫌悪と憎悪とともに始まりました。私が通りを歩いたとき、人々は戸を閉めました。

私は公立学校に入学を拒否されたので、リハビリテーションホームで個人的に教育を受けました。試験を受けるために公立学校に行ったとき、屈辱的な経験をしました。暑い日に外で座って試験を受けさせられたのです。私は暑さと差別を同時に感じました。

私はやがて、人々が差別に直面していても、その声を聞いてもらえないことを認識するようになりました。私はハンセン病コロニーで提供される医療サービスについて調べるため、州全体を歩き回りました。そして、これらのコロニーに住む人々のニーズを理解し始めました。すなわち、教育と持続可能な生活、そして基本的なインフラです。土地の所有権を否定される人もいれば、学校への入学を拒否される子どももいました。

私は、この状況を変えるために何かを為すべきだと決意しました。そしてハンセン病回復者の多くの友人に助けてもらいながら、州の90以上のハンセン病コロニーに住む2万人以上の人々で構成される州組織の活動を始めました。それはハンセン病回復者の権利のために闘う州で最初のプラットフォームでした。

2004年と2007年には、6千人以上のハンセン病回復者が参加し、自分たちの権利を訴える偉大なる行進が行われました。そのインパクトは明らかでした。政治的指導者たちが交渉の席に座るようになり、私たちに注意を払うようになったのです。

2006年には、人権弁護士ネットワークから法的サポートを受け、ハンセン病コロニーに住む人々のための医療サービスを求める請願を州高等裁判所に提出しました。裁判官は、政府が医療サービスを提供し、提供されたサービスの詳細を報告するように仮命令を採決しました。この手続はさらに進行中です。

いま、インドの20州で同様の組織が存在します。これらはナショナル・フォーラム・インディアとして活動しています。 ・・・

ご列席の皆様、私たちの究極の目的は、インドにおいて、そしてより広い地域において、ハンセン病のない世界、そしてハンセン病の差別のない世界を築くことです。国際法曹協会が差別的な法律の改正に協力して下さるなら、状況は大きく前進するはずです。本日はご理解とご支援ありがとうございました。

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今回の取り組みは産経新聞でも一部報道されました。
キング牧師がそうであったように、ガンジーがそうであったように、「偉大なる行進」は静かなる信念から生まれます。

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(写真:インドの友人ナルサッパさん、撮影:富永夏子さん)