まなブロ by 教育イノベーター本山勝寛

教育イノベーター本山勝寛の学びのススメ日誌。極貧家庭から独学・奨学金で東大、ハーバード大学院に通い、国際教育政策修士課程修了。日本財団子どもの貧困対策チームリーダー。『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』 『最強の独学術』等著書多数。

母へ

先日、天国の母へ会いに行きました。

これまでのこと、これからのこと、
話したらあたたかい気持ちになりました。


韓国の"god"というグループに「オモニムケ(お母さんへ)」というラップ調の歌があります。


「母へ」

母さん
会いたいです

ちっさいころからうちは貧乏だった
みんな行ってる外食もほとんど行ったことがなく
職場に出てった母さんが家にいないと
いつも一人で作って食べたラーメン・・・
だからラーメンはうんざりだった
うまいもん食べようって突っかかった
それで母さんはしかたなく引き出した
隠してた非常用のお金で注文してくれた
ジャジャンミョン*一皿がとても幸せだった
だけど母さんはなぜか食べなかった
「お母さんはジャジャンミョンが嫌いなの」って言った
お母さんはジャジャンミョンが嫌いなのって言った
お母さんはジャジャンミョンが嫌いなのって・・・

そうやって生きていって、そうやって後悔して、涙も流した
そうやって生きていって、とても辛かったけど、また笑った


中学生1年のとき
弁当の時間
学校のみんなで集まって弁当のフタ空けた
金持ちんとこの息子がおれに対してつっかかってきやがった
「そのおかず何だ?!お前」って、おれに何か言ってきやがった
恥ずかしかった。知らずに涙が出てきた
そしたらその野郎、おれが泣いてやがるってからかってきた
がまんできずに顔に投げつけた、おれの拳を
職場にいた母さんはまた学校に
呼ばれてきた
いや、また引っぱられてきた
二度とこんなことないって謝った
その野郎の母親に頭下げて謝った
母さんが謝った

そうやって生きていって、そうやって後悔して、涙も流した
そうやって生きていって、とても辛かったけど、また笑った


父さんなしで、とうとううちは成し遂げた
うまいちっちゃな食堂一つ持つようになった
そんなにおっきくはなかったけど幸せだった
しわがよった母さんの目尻には涙がたまってた
母さんとおれの名前に前の文字をとって
食堂の名前をつけて祭壇を備えて
夜が深まり人々は帰るのも忘れて
みんなの祝いは続いてった
夕方にまたなってやっと帰ってった
疲れた母さんはいつの間にか深く眠りについて

起きられなかった 二度と

あなたを愛してました
一度も言葉にはできなかったけど
愛してます 今はもう楽にしてください
俺がいない世界で永遠に・・・

そうやって生きていって、そうやって後悔して、涙も流した
そうやって生きていって、とても辛かったけど、また笑った

*ジャジャンミョン・・・ジャージャー麺。甘いハヤシルーのようなものをかけて食べる韓国流中華の麺類。韓国の子供にはカレーを抑えて一番人気。


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