まなブロ by 教育イノベーター本山勝寛

教育イノベーター本山勝寛の学びのススメ日誌。極貧家庭から独学・奨学金で東大、ハーバード大学院に通い、国際教育政策修士課程修了。日本財団子どもの貧困対策チームリーダー。『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』 『最強の独学術』等著書多数。

Boys, Be Hungry!〜 東大・ハーバード受験記 第1章「飢えと渇き」?バイト

前回の続き

1章①生い立ち
1章②野球


第1章?バイト

野球を辞めたあと、うどん屋のバイトを始めた。家族でよく行っていたうどん屋で、安くてたくさん食べられる。そこの「ごぼう天うどん」や「山かけおろしうどん」が好きだった。もともと身近なところでもあったので、そこで働くことにした。地方で高校生のアルバイトの給料なんかはたかが知れている。時給580円でスタートした。それでも月に6万ほどは稼いでいた。週に4、5回、学校が終わるとすぐにバイト先に行った。終わるのは10時半ごろ。夜の道を思いっきり歌いながらチャリンコをこぐのが好きだった。僕はたいていブルーハーツの「ロクデナシ」を叫んでいた。

給料が入ると自分のお金ができたようでうれしい。お小遣いを全くもらっていなかった僕にとって、それは初めて手にする「自分のお金」だ。ほとんどが生活費になるが、時折、自分の好きなものを買った。すごくカッコよく見えたジージャンやブルーハーツのCDを買った。あとはほとんど貯金した。
僕は苦しい生活の中で、いろんな節約術をあみだした。髪は自分で切った。野球部時代から、バリカンを買い自分で坊主にしていた。野球を辞めると、そのバリカンでいろんな頭に挑戦した。ブルーハーツのドラマーの梶原を真似してパイナップル頭にもしてみた。真面目な進学校にパイナップルを突きつけた日は学校に静かな衝撃が走った。後ろの友だちには授業に集中できないと言われた。担任の先生には「何とかならんかい?」と言われた。
その頃から僕は、25になった今でも自分で髪の毛を切る。「どこで切ったの?」と聞かれ、「自分で切った」と返すのがちょっとした快感だ。といっても、今ではさすがにパイナップルにはしないが。

話は戻るが、バイトは思った以上にきつい。回転が命のうどん屋はとにかく忙しい。接客業は神経を使う。心と体をすり切らし、チャリをこぎながら叫んで帰ると、もう残った体力はない。その頃はほとんど勉強できなかった。成績はグングン下がった。


続く・・・


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