本山勝寛:まなブロ

独学で東大、ハーバード大学院に合格し、国際教育政策修士課程修了。アジア最大級の国際NGOである日本財団で、教育や福祉、NPO支援に携わり世界中を駆け回っています。日本と世界に「学びの革命」を起こすべく、学びのススメを綴ります。 『最強の独学術』https://www.amazon.co.jp/dp/447979610X/

留学のタイミングと行き先

「海外留学」というオプションが勉学、あるいは人生においてあったとします。

しかし、そういう選択肢をもっている、あるいは考慮している人自体が、まだまだ日本ではマイノリティかもしれません。それでも最近は身近になってきてますし、エリートサラリーマンのMBA留学から高校生の交換留学までいろいろと幅が広がってきてるようです。
この企画自体、「東大よりハーバード」というキャッチフレーズのもと、いろんな人が集まってきてるわけでもあります。企画に沿うものだったかのは分かりませんが、自分もそこに参加しています。

そもそも日本人にとって「留学」ということ自体が、人生の多様性を物語る、発見させてもらえる道なんだと感じます。
この島国から抜け出すこと。
違う色の人々と接すること。
意味の分からないジョークに首をかしげること。
就職に困ったり、逆に助かったり。
そして、留学自体にもいろいろな留学の「しかた」、いろいろな「行き先」があって、それぞれが個々の弧を描きながら、人生と世界の多様性を彩っているんじゃないでしょうか。

僕自身、初めての留学先は韓国でした。
しかも正直、「想定外」の出来事でした。
東大卒業して、まわりの皆が大企業に就職するか大学院に進学する中で、一人海外へと旅立ちました。
アメリカでもヨーロッパでもなく韓国。韓流ブームが来る前です。
そして留学というより放浪というほうが近かったかもしれません。
将来やキャリアというものはほっておいて、「真実」のようなものを追って飛びました。
それから姉妹校がアメリカにあったので編入しました。
キリスト教の残された根を探しに、またアメリカに対するコンプレックスもその動機に混じっていたかもしれません。
そのころは全く英語はダメでした。というか脳が完全に韓国語モードになってました。
昨年、初めてTOEFLを受けたときは193です。とても大学院で学ぶレベルではなかったです。
それでもESL(英語)の授業をとりながら、大学院の授業にもなんとかついていきました。
英語が話せないだけで、べらべらとたいしたことを話さないアメリカ人に議論で負けることが悔しかったです。必死で勉強しました。負けたくないという子供じみた思いが80%だったかもしれません。

そんな中でまた感じたことがありました。
「アメリカは世界一だ」と。
世界一の国で世界一の何かがしたいと思いました。
自分にとって、てっとりばやかったのはトップの大学に行くことでした。
単純な自分はハーバードを思い描きました。
そしてハーバードの中でも政治行政大学院であるケネディースクールがまず目に入りました。
名実ともに世界を動かしている(orいく)人たちの集まるところだからです。
恥ずかしながら、去年アプライしました。
準備期間ぎりぎりで、しかもTOEFL193(アプライまで243まであげましたが、ぎりぎり足切りに足らず)では、どたい無理な話でした。丁重に断られました。

それで終わりたくありませんでした。
そして、今、再びチャレンジしてます。
今は浪人、無職の身です。
時折、詩を書きながら、人生について考えます。
専攻とは何か。
天職とは何か。
いかに生きるべきか。
いかに死ぬべきか。

留学は人生において単なるオプションでしかないかもしれません。
しかし、大きな転機になる場合が多いと思います。
キャリアとして、人生航路として、、
いずれにしても、そこに煌きがあることをのぞみます。